「伝わらない」不安と不満──海外拠点カスタマーサポートの限界と、求められる”言葉の信頼”

コスト削減の影にある“伝わらない”現実
いま、私たちが何気なく利用しているカスタマーサポート。その多くが、実は海外に拠点を置いて運営されていることをご存知でしょうか。
コールセンター業務の海外委託は、主に人件費の安さを理由に、IT企業や旅行業界、ECサイト、宿泊予約サイト(OTA)などを中心に広く普及してきた。フィリピン、インド、マレーシア、あるいは東ヨーロッパ。英語や日本語をある程度話せるスタッフが対応する体制が整えられ、一見、グローバルな効率化が実現されたかのように見える。
しかし、現場の声は必ずしもその理想通りではない。
「この人、ちゃんと理解してくれてるのかな?」「言いたいことが伝わってない気がする」「話が通じない」――。
ユーザー側が抱えるこの“言葉の不信感”は、じわじわと顧客満足度を蝕んでいる。
日本語の“壁”を越えられない
たとえば日本国内で急増している貸別荘や民泊の宿泊業。ここでも、運営代行業者がカスタマーサポートを海外に外注しているケースが多い。いざ宿泊者が困ったときに電話をかけても、出てきたのはカタコトの日本語を話す外国人オペレーター。
「チェックインができない」「鍵の場所が分からない」「エアコンが壊れている」──そんな緊急時に、オペレーターが言葉につまったり、理解不足で要領を得ない回答をしてしまったら、日本人ゲストはどう感じるだろうか?
実際に「日本語が通じないことに強い不満を感じた」「言葉が通じず解決できず、宿泊が台無しになった」といったクレームは増加傾向にある。カスタマーサポートが「顧客体験の最終防衛ライン」だとするなら、その防衛が崩れてしまっているのが今の現実だ。
世界中に広がる“言葉のミスマッチ”
この問題は日本に限った話ではない。
オーストラリア、アメリカ、イギリスなどの英語圏でも、似たようなトラブルが起きている。たとえば大手の旅行予約サイトに問い合わせをした際、つながった相手は「英語がカタコトのオペレーター」。アクセントが強く、微妙なニュアンスが通じず、話がかみ合わない。
顧客としては、「伝えたいことを正しく伝えられない」「相手の意図が分からない」という状況に、ストレスと不安を感じる。結果として、サポートへの信頼は大きく揺らぎ、ブランドイメージの低下にもつながっていく。
この“言葉の壁”が、世界中でじわじわと問題化しているのだ。
コストか、品質か──企業の岐路
もちろん、すべての海外サポートが悪いわけではない。中には素晴らしい対応力を持つオペレーターもいる。しかし、言語能力・文化理解・状況把握力のすべてを兼ね備えた人材は限られている。平均的には、やはり“伝わらない”“通じない”という不満の方が多く聞こえてくる。
企業にとって、コスト削減は経営の最重要課題だ。しかし、目先のコストを優先するあまり、「顧客との信頼関係」を犠牲にしてしまってはいないだろうか。
ユーザーが感じる“伝わらない恐怖”は、数字には表れにくいが、確実にブランドへのロイヤリティを削いでいく。
■第3章:何が顧客を“イライラ”させるのか?
●(1) 言語能力の限界
カタコトの日本語や英語では、丁寧語やビジネスマナー、細やかな表現が曖昧になる。例えば「お手数をおかけして申し訳ありません」という一言が言えないだけで、印象は大きく変わる。
●(2) 文化的コンテキストの欠如
「察する」「暗黙の了解」「遠回しな表現」など、日本特有の文化を理解していないと、会話が成立しない。逆に英語圏では、率直で明確な回答が求められるため、「曖昧な返答」は不信感につながる。
●(3) クレーム対応の未熟さ
言葉が通じないオペレーターが、怒っている顧客に対応することで、かえって火に油を注ぐ結果となる。「クレーム処理力」は語学力以上に求められるスキルだが、それを期待できる海外オペレーターは限られている。
■第4章:企業側の“言い分”と現実のギャップ
企業はこう反論するかもしれない。
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「外国人オペレーターでも平均応答時間は短縮できている」
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「CSAT(顧客満足度)は一定水準を維持している」
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「チャットボットやFAQで8割は自己解決できる」
確かに、数字上は一定の合理化が進んでいるように見える。しかし、数字に表れない「伝わらなかったストレス」「解決されなかったもどかしさ」は、レビューやSNS、そして“無言の離脱”という形で確実に蓄積していく。
■第5章:どこへ向かうべきか?──顧客との信頼再構築に向けて
●(1) ハイブリッドサポート体制の構築
すべてを海外に委託するのではなく、重要案件・高額顧客・クレーム対応は日本国内(あるいはネイティブ拠点)で対応する仕組みにすべき。
●(2) 現地スタッフの教育強化
言語研修だけでなく、日本文化、言い回し、対応トーンのトレーニングを徹底する必要がある。単なる“話せる人”ではなく“伝えられる人”を育てることが鍵。
●(3) サポートのAI活用と、その限界の見極め
AIチャットは効率化に有効だが、誤認識・文脈の読み違いなどもある。重要なのは、「AIの手に負えないケースを、人が的確に拾う設計」である。
●(4) 「言葉の信頼」への投資
カスタマーサポートは“コスト”ではなく“ブランディング”。顧客が安心して話せる環境を提供することは、ロイヤリティ向上への最短ルートだ。
真のグローバル化とは「言葉と心が通じる」こと
これからの時代、真に求められるのは「言語の正確性」と「文化的な共感力」を備えたカスタマーサポートだ。単に“日本語が話せる”ではなく、“日本人の感覚を理解している”人材が必要とされている。
海外に拠点を置くとしても、その現地スタッフへの日本文化研修、対応マニュアルの精度向上、あるいは一部の問い合わせは国内対応に切り替えるなど、ハイブリッドな運用が求められている。
またAIチャットや自動応答の技術が進化している今こそ、人間が対応するべき“本当に繊細なケース”を見極め、その場面では「言葉が通じること」の価値を再認識すべきだろう。
■終わりに:世界共通の課題と、企業の責任
「つながったけど、伝わらなかった。」
それは一度きりの小さな不満かもしれない。しかし、それが2度、3度と繰り返されれば、ユーザーは「もうこのサービスは使わない」と決断する。
言語は信頼を生むための第一歩。
そしてその信頼が、ブランドの継続的な価値を支えていく。
日本、アメリカ、オーストラリア、どの国においても同じことが言える。「通じるサポート」は、今や贅沢品ではなく、最低限の前提であるべきだ。
カスタマーサポートは、単なる“業務”ではなく、「企業の人格そのもの」である――。
