大阪市「特区民泊」新規受付停止の波紋──止まる工事現場、戸惑う事業者たち

■ はじめに:突然の“ブレーキ”
2025年大阪・関西万博を迎え、ホテルや民泊の建設ラッシュが続いていた大阪市で、突如として流れが止まった。
2025年半ば、大阪市が「特区民泊」の新規申請受付を停止する方針を示したと報道され、すでに工事に入っていた民泊用物件が相次いでストップ、現場が混乱している。
「認可前提で設計し、融資も引いていたのに、途中で止められるなんて…」
「すでに建築確認も通っている。今さら制度が変わるのは理不尽だ」
そんな悲鳴が、業界内に広がっている。
特区民泊とは何だったのか?
そもそも「特区民泊」とは、国家戦略特区に指定された地域で、旅館業法の規制を緩和して民泊営業を認める制度。大阪市はこの制度を活用し、外国人観光客の増加を受けて住宅地でも180日以上の宿泊営業が可能となる民泊を後押ししてきた。
一定のルールを守れば、旅館業の許可より簡易な手続きで営業が可能なことから、不動産投資家・建設会社・管理代行業者らが大量に参入。大阪市内では、一棟まるごと民泊専用物件の新築が相次ぎ、2023年~2024年にかけてその数は急増していた。
新規受付停止の背景にある“大きなゆがみ”
しかし、制度が「急ブレーキ」をかけられた背景には、いくつかの問題がある。
●① 住民トラブルの増加
住宅街の中に外国人観光客が大量に宿泊し、騒音・ゴミ出し・治安不安などのトラブルが続出。「旅行者向け施設がなぜこの場所に?」という疑問が地域住民から噴出し、苦情が市役所に多数寄せられるようになった。
●② “脱・住宅”化が進行
もともと特区民泊は「空き家や空き部屋の活用」が前提だったはずが、現実には最初から「宿泊施設目的」で建てられた建物が急増。いわゆる“見せかけの住宅”が乱立し、地域の住宅供給や不動産相場にもゆがみをもたらしていた。
●③ 無許可・無管理の横行
中には「実態が管理されていない」「鍵の受け渡しが雑」「外国人対応が不十分」といったサービス・管理の質に問題がある民泊も多く、市の監視体制が追いつかなくなっていた。
現場の混乱:止まる工事、凍結される資金
このような制度上のゆがみを是正する目的で打ち出された新規受付停止。しかし、最も大きな被害を受けているのは、現場で動いていた中小事業者たちだ。
●着工済みでも「営業できないかもしれない」
現時点で、建築確認は通っており、着工も進んでいるが、特区民泊の許可申請はこれからという物件が多く存在する。これらは、新規受付が止まれば営業自体が不可能になる。
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「建物は完成するが、旅館業許可も取れず、住居にもできない“宙に浮いた建物”になる」
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「銀行からの融資は“民泊運営が前提”で通っており、収益計画が崩れると債務リスクが膨らむ」
不動産オーナーや建設会社、投資家たちが、数千万〜数億円単位の資金を凍結されたまま判断を迫られている。
関係者のリアルな声
ある管理代行会社の代表はこう語る。
「去年まで、大阪市は“特区民泊を推進”していたのに、たった1年で方向転換。現場はその流れに乗って準備してきた。今さら『やっぱりやめます』では、現場の信用は失墜する。」
一方で、地域住民からはこんな声もある。
「うちの周辺は昔から静かな住宅街。突然、観光客が深夜に騒いだり、ゴミが放置されたり…。もう限界。民泊は商業地域だけにしてほしい。」
双方にとって“理”はあるが、制度の見直しが「途中でルールを変える」形になっていることが、混乱を大きくしている。
政策と現場の“ねじれ”
大阪市が制度見直しを打ち出した背景には、2025年の大阪万博を終えたあとの「健全な観光都市づくり」という意図もあるだろう。
だが、観光客を受け入れつつ、住民の生活を守るという理想と、それに伴う規制の急変更という現実のギャップは、政策設計の甘さを露呈している。
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推進するなら「出口戦略」を同時に用意すべきだった
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中長期的な民泊活用ビジョンが不透明
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制度変更の周知・予告期間が短すぎた
これらは、行政と民間の信頼関係を損ねる要因にもなりかねない。
今後の展望:どうする?止まった現場と宙に浮いた投資
今後、民泊市場や不動産投資に関わるプレイヤーは、次のような判断を迫られる。
●1. 転用の選択肢を探る
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住宅賃貸に切り替える
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サービスアパートメントとして提供
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商業用途への転用(ただし用途地域により不可の場合も)
●2. 新たな制度(例:旅館業許可)での運用を模索
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より厳しい許可制へ移行することで、合法的に営業を継続
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ただし、立地条件・消防法規・用途規制のハードルが高い
●3. 売却 or 凍結
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最悪の場合、建物を売却して損切り
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または営業方針が固まるまで「塩漬け」に
結び:今こそ、制度設計と現場の接続を
「特区民泊」は、もともと規制緩和による経済活性化を目的に導入された制度だった。だが、その緩和が行き過ぎ、地域との軋轢を生み、行政が“反転”するという結果になってしまった。
政策は、現場と対話しながら調整されるべきものである。
規制強化も必要だが、すでに動いている現場への“着地の仕方”が丁寧でなければ、民間のチャレンジ精神を殺すだけになってしまう。
「住みやすい街」と「稼げる都市」の両立は簡単ではない。
だが、それを目指すのであれば、行政と民間の信頼の再構築が急務だ。
制度の向こうに、建設現場があり、投資家がいて、労働者がいる。
そのリアルな現場の鼓動を、政策立案者は今一度、耳を傾けてほしい。
