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民泊の光と影──「ゲストファースト」の歪みがもたらす地域との軋轢

目次

    民泊の普及と変化する「旅」の形

    ここ数年、日本でもAirbnbなどの民泊サービスが広く普及し、旅行者の滞在スタイルは大きく変化してきた。ホテルでは味わえない「地元の暮らし」を体験できることを魅力に、国内外の旅行者が住宅街や地方の一軒家に宿泊する機会が増えた。特にコロナ禍を経てからは、密を避けたいというニーズや「ワーケーション」志向の高まりもあり、民泊の需要は安定的に推移している。

    だが、その一方で民泊が抱える「負の側面」もまた、地域社会の中で深刻さを増している

    騒音、ゴミ、近隣トラブル…繰り返される「小さな事件」

    もっとも頻繁に指摘されるのは、ゲストによる騒音問題ゴミの不適切な排出近隣住民とのトラブルである。

    住宅地にある民泊物件では、深夜にパーティーを開く、友人を無断で呼び寄せて複数人で宿泊する、コンビニ袋に入れたゴミを収集日前に玄関先に置き去りにする──などの迷惑行為が少なからず報告されている。ときには、地域の住民が直接注意を促すことでトラブルに発展し、警察が介入するケースもある。

    こうした問題の根底には、「旅の自由さ」を謳うサービスと、そこに根付く地域社会の静けさや秩序との断絶がある。

    ホストの「指摘しにくさ」を生む、OTAの構造的問題

    ここで浮かび上がるのが、AirbnbをはじめとするOTAのサポート体制の偏りである。

    一見すると、ホストとゲストの双方を支援する公平なプラットフォームのように見えるが、実際にはゲストファーストの姿勢が極端に強く、「カスタマー=ゲスト」という意識が支配している。結果として、ホストが正当な理由でゲストに注意を促した場合でも、それが「不快な対応」「差別的」とみなされ、ホスト側がペナルティを受けるリスクすらある。

    例えば、次のような事例がある。

    • ゴミ出しルールを守らなかった外国人ゲストに対し、ホストが注意喚起したところ、「攻撃的な態度」としてゲストが苦情を申請し、ホストのレビュー評価が下がった。

    • 深夜の騒音に対し警告メッセージを送ったところ、「監視されているようで不快だった」としてキャンセル扱いにされ、ホストがキャンセルペナルティを負った。

    このような構造の中で、ホストは正当な注意すらためらう空気に包まれている。

    レビュー制度の「逆転現象」

    Airbnbのようなプラットフォームでは、ホストとゲストが互いにレビューを書く仕組みがある。理想的には、これが健全な利用を促す仕組みであるはずだが、現実にはゲスト側のレビューがホストに与える影響が大きすぎる

    宿泊後のレビューで低評価をつけられると、ホストの掲載順位が下がり、今後の予約数に直接響く。そのため、多くのホストは「波風を立てない」対応を選ぶようになる。ルール違反があっても、「ご不便をおかけして申し訳ありません」と謝罪するほかなくなってしまう。

    つまり、レビュー制度が本来のフィードバック機能から外れ、**「沈黙の強制装置」**として機能してしまっている。

    問われるべき「地域との共生」視点

    このような状況は、単にホスト個人のストレスにとどまらない。最終的には、民泊が地域社会との軋轢を深める要因となり、行政による規制強化や民泊撤退の引き金になりかねない。

    すでに一部の自治体では、特定のエリアでの民泊営業を時間帯や曜日に制限する動きがある。ある自治体職員は、「民泊は住民の不満を生みやすく、行政へのクレーム対応の負担が大きい。ホストに任せきりにはできない」と語る。

    真に必要なのは、「ゲストの快適な滞在」だけでなく、「地域住民の快適な暮らし」とのバランスを取るガイドラインであり、その実効性を支えるプラットフォーム側の姿勢だ。

    OTAに求められるホスト支援と地域視点の導入

    今後、AirbnbなどOTAが持続可能な形でサービスを展開するには、以下のような取り組みが不可欠だ。

    • ホストのフィードバックを可視化し、ゲストの評価にも反映させるシステム強化

    • 地域ルールを強制的に表示・遵守させる機能(チェックイン時の確認、罰則など)

    • サポート対応の中立性の担保(ゲストとホスト両方の主張を公平に扱う体制づくり)

    • 騒音やゴミ問題などへの即時対応機能の整備

    また、国や自治体も、プラットフォーム事業者へのルール整備・指導権限の付与を検討すべき段階に来ている。

    おわりに──民泊の「成熟」を目指すには

    民泊は、本来であれば「旅する人と、迎える人との出会い」を豊かにする仕組みである。しかし現在のような、ゲストに過剰に肩入れしたシステム設計のままでは、ホストは疲弊し、地域住民は疎外され、持続可能な形での成長は見込めない。

    民泊が社会に根付き、信頼される存在になるためには、「旅の自由」と「地域の秩序」の間にある微妙なバランスを、すべてのプレイヤーが正面から見つめ直す必要がある。

    そして、その第一歩として、AirbnbをはじめとするOTAは、ホストの声にもっと耳を傾けるべきだろう。