誰かの鼻が決める宿の価値──Airbnbホストが直面する匂いのジレンマ

匂いという“見えない”トラブル
民泊市場が成熟に向かう中で、Airbnbなどを利用するゲストのクレーム内容も多様化している。清掃状態、設備の故障、騒音など、従来の「目に見える」問題に加えて、近年増加傾向にあるのが「匂い」に関するクレームだ。
「部屋がカビ臭い」「前の宿泊者の体臭が残っている」「芳香剤の匂いがきつい」「布団が動物臭い」「排水溝の臭いが気になる」──こうした指摘は、レビュー欄やゲストからの直接のフィードバックに頻繁に見られる。
しかしここで問題となるのは、「匂いは極めて主観的で、証拠化が困難な問題である」という点である。そしてこの“あいまいな問題”に対して、Airbnbがしばしばゲスト側に一方的に立った対応を取ることで、ホストの不信感と疲弊が広がっている。
匂いは「証明できない」──ホストの苦悩
騒音トラブルや破損などの物的損害は、写真や音声、警察の報告書などである程度の“証拠”が取れる。しかし匂いに関しては、録音も撮影もできない。嗅覚という感覚は人によって敏感さも、好悪の基準も大きく異なり、完全に主観的な感覚に左右される。
たとえば:
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清掃業者がプロの手で清掃し、無臭に近い状態で引き渡した部屋でも、「芳香剤が強すぎる」とクレームが入る。
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空調や換気の問題で一時的にこもった匂いを「下水臭」と表現され、重大な衛生問題と見なされる。
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「ペットが以前宿泊した形跡がある気がする」として、アレルギー反応が出たという主張だけで返金が求められる。
ホストからすると「何をもって“臭い”とされているのか」がまったく分からず、再現性も検証性もない。「芳香剤を使ってもクレーム、使わなくてもクレーム」「洗濯済みの寝具でも“匂う”と言われる」など、対応の指針すら立てようがない状況に追い込まれている。
Airbnbによる一方的な「返金処理」の実態
さらに深刻なのは、Airbnb側の対応である。匂いに関する苦情がゲストから寄せられると、現地確認や証拠の検証がないまま、Airbnbがゲストに全額または一部の返金を行うケースが報告されている。
この返金処理はホストにとっては「売上の一方的な減額」を意味し、多くの場合、事後報告で知らされる。しかも、ホストが異議申し立てを行っても、「ゲストの主観的な不快感は重要」とされ、覆ることはほとんどない。
これはつまり、“匂う”とさえ言えば返金を引き出せる抜け穴になってしまっており、悪意あるゲストにとっては、簡単に不満を解消できる「裏技」として機能し得る。
“正直者”が損をする現状
Airbnbが提供している「AirCover(ホスト保護プログラム)」は、破損や盗難に対する補償には一定の対応を示しているが、「匂い」に関しては対象外であることがほとんどだ。なぜなら、それが**「損害として客観的に認定できない」**からである。
にもかかわらず、Airbnbは「損害とは認定しない匂いクレーム」に基づいて、ホストからの収益を剥奪している。これは極めて矛盾した対応だ。
さらに、匂いクレームを受けたホストには、レビュー欄に「部屋が臭かった」と記されることがある。これにより今後の予約率が下がり、ダブルでの損害を被ることもある。つまり、“誠実に清掃し、最大限の配慮をしても、誰かの嗅覚に合わなければマイナス評価”という、不条理な構造が出来上がっている。
「匂い問題」はホスト vs ゲストの対立ではない
この問題は、単なるホストとゲストの対立構造ではない。匂いに敏感な人が存在すること、健康に影響を受けやすい人がいることも事実だ。香水やタバコの残り香、動物の毛などに過敏な人にとって、快適さの基準は非常に高い。
だからこそ重要なのは、「誰もが安心して利用できる環境を整えるために、客観的かつ透明な判断基準を整える」ことである。現状のように、ただ一方の主観だけを信じて片方に責任を押しつけるやり方では、信頼関係も持続性も失われてしまう。
Airbnbへの提言──「嗅覚の中立性」をどう担保するか?
Airbnbがこの問題に対処するためには、以下のような改善が求められる。
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匂いに関するクレームのガイドライン整備
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どういう場合に返金が発生するのか明記
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「主観的な評価」と「客観的な損害」を分けて扱う
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クレーム発生時の中立的な検証プロセス
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現地スタッフや第三者による確認制度の導入
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一方的な返金ではなく「調整金」など柔軟な選択肢を設ける
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ホストのレビュー保護制度の導入
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明らかに根拠のない「匂いレビュー」の削除申請機能
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匂いを理由とした返金が多いゲストの監視強化
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おわりに──信頼を育むプラットフォームとは
民泊とは、見知らぬ他人を迎え入れる信頼のビジネスだ。その信頼関係が成り立つためには、ゲストの快適さを尊重するだけでなく、ホストの尊厳や立場も守られなければならない。
匂いという“見えない敵”に対して、誰もが納得できる対応ルールを作ることは難しい。しかし、だからといって「主観が全て」で物事を判断する現在の運用では、誠実なホストほど疲弊し、市場から退場していく未来が待っている。
Airbnbが持続可能な共創プラットフォームであり続けるためには、「透明性」「中立性」「検証性」という三本柱を軸に、よりバランスの取れたサポート体制の構築が急務である。
